ありえない、ハーレーでウィリー!? 謎のハーレースタント集団

ハーレーでウィリーができることを知っていましたか?知るはずがありませんし、試みることも許されません。ただし、これから紹介するクレージーなスタントグループがウィリーをするを見ることは許されるでしょう。

アメリカのスラム街をウィリーで疾走するスタントグループ、アンノウン・インダストリーズの密着取材が行われました。

アメリカの情報をお届けします。

 


Unknown Industries Harley Stunt Riding Through Oakland

(記事元:BAGGERS    記者:ジョーダン・マスタグニ)

編集者メモ:ここに登場するスタントは、プロのスタントライダーによって演じられました。あなたの安全とあなたの周りの人々の安全のために、このビデオから以下のスタントを再現しようと試みるのは絶対にやめてください。

1. アレンネスも注目のハーレースタントグループとは?

小説作家ジョン・スタインベック「キャナリー・ロウ」の冒頭文を読めば、カリフォルニアのオークランドについて、いろんなイメージが喚起されるでしょう。オークランドは詩であり、悪臭であり、騒音、俗っぽさ、音色、習慣、懐かしさ、また夢でもあります。言い換えれば、ここオークランドは、「Beautiful mess 美しき混沌」なのです。

まず、アレンネス・エンタープライズの話からしましょう。アレンネスは世界でも有名なビルダーであり、ハーレーカスタムパーツの会社です。カリフォルニア州ダブリンにあるのですが、そこでは全事業の拠点として機能する70,000平方フィートの土地があり、オークランドの14番街東にある店から遠く離れていてもわかりやすい場所です。なのでどんなハーレー乗りでも簡単に行き着くことができます。

現役バリバリのアレンネスはある木曜日の午後、自身の広大なカスタムバイク帝国を視察するためだけでなく、『アンノウン・インダストリーズ』のロゴが入った3人の男たちに会いに行きます。彼らは自分たちのFXRやFXDを、すみずみまでいじり回しています。

「オークランドは強えし、荒っぽいぜ。」と、アレンネスは言います。1967年にバイクカスタムビジネスを最初に手掛け、50年後の今、このアンノウン・インダストリーズのスポンサーとなっているのです。

「オークランドは『傷だらけの栄光』だよ。とってもワイルドな土地さ。このアンノウンのヤツらは、やることなすこと全部狂ってやがる。見るのが怖えよ。だけどさ、ヤツらは輝いてる。だから俺は、これがアンノウンだ!って言ってやるのさ。」

【訳注:「傷だらけの栄光ragged glory」はニール・ヤングのアルバムタイトルでもあります。】


写真:アンノウンインダストリーのニック・レオネッティ。12時に投稿された。愛車ハーレー・ダビッドソンFXRに乗って、オークランドを走行中。

 

2. ハーレーウィリーの天才、現る

バディ・サトル、ニック・レオネッティ、ケイド・ゲイツの3人は、アンノウンインダストリーズとしても有名です。あるたったひとつの理由で、この退屈なダブリンの町にいるのです。

実は、ゴリゴリにぶっ飛ばす4番目のメンバーの存在あるからです。そうです、ロックンローラーの装いの、ローガン・ラッキー、通称「ウィリー・ピッグ(ウィリーをするブタ)」です。

オークランドのストリートに行ってみると、ローガンはお決まりのタバコを吸って、志気を高めています。

何をしているかって?アンノウンインダストリーの3人が、ローガンのスタントを見に来るまでの時間をタバコの煙で燻しているのです。

そのスタントは、ハーレージャンプ狂をさらに空中に放り上げるもので、かのバイクスタントマン「エベル・ナイベル(Evel Knievel)もうらやむ離れ業」と呼ばれています。

午後4時、アンノウンの男たちはバイクを発車し、オークランドのダウンタウンに向かいました。

31分後、3人組はイーストオークランドの小さな都心の公園の前にやってきます。急こう配でゴミが散らかったこの通は、ウィリーピッグこと、ローガンが2001年式FXDXをジャンプさせる場所です。

これは運命とも言うべきか、ローガンがバイクをジャンプさせることはDNAに組み込まれてしまっています。

1970年代から80年代にかけて、彼の父親ブラッド・ラッキーは、モトクロス世界選手権を制するため、世界を旅していました。そして1982年には世界タイトルを獲得した最初のアメリカ人となっています。

今思えば、この勝利の歓声から、アメリカがモトクロス国家への道を歩み始めたと言えるでしょう。この一流の環境で成長したローガンは、幼くしてオートバイの乗り方を覚え、ウィリーやオートバイのジャンプさせ方を学びました。

彼のFXDXはオーリンズS36PR1リアショックと、775mmのオーリンズテレスコピックフロントフォークで改造されています。ローガンは、この環境で重量のあるFXDXとジャンプするには何が必要なのか心得ています。

写真:ある日の、アンノウンインダストリーズ日常風景。

 

ローガンはニヤニヤして言いながら、タバコを投げ捨て、ヘルメットに手を伸ばします。 カメラを回されながら密かにプレッシャーを感じています。

「戦闘開始だ!こいつをぶっ放そうぜ!」

そう言って、ローガンは再びバイクを発進させ、ギアをガンガン入れながら丘の頂上に着きます。バイクを素早く旋回させ、一呼吸すると、彼と1960ccエンジンのハーレーは、あたりに爆音を響かせながら、波打つ道路に向かって一気に駆けおりて行きます。そして、高く舞い上がるのです。

空に舞い上がったバイクは非常に激しく着地するので、実は、エンジンのマウントボルトが引き裂かれます。でも、心配はありません。ローガンはどうにでもします。あたりはどよめき、ポロシャツを着て帽子を横被りした地元の黒人が、興奮気味に電話に向かって叫んでいます。

「おいおいどうなってんだ、ちくしょう!お前も、このとんでもないヤツを見てみろよ!」

3. ハーレースタントグループ、憩いの場

残念、もう手遅れです。アンノウンの全メンバーは、さっさと退散して、イーストオークランドのタコス・エル・グルーリョに向かって走り去ってしまいました。

その店はレビューサイトのYelp(イェルプ)でもコメントが殺到する人気店です。


タコス・エル・グルーリョの看板(画像元:yelp.com

「勇気ある美食家たちよ、タコス・エル・グルーリョは、すんごい穴場だぜ!イーストオークランドのいい加減さが絶妙な隠し味になってて最高さ!」

「まさにスラム街のスーパースターだ!地元の連中と同じことするこったな。つまりだな、駐車場にバイクを停める〜の、貴重品を隠す〜の、食べ物を注文し〜の、席にさっと座り〜の、はい以上!アミーゴ楽しもうぜ!」

写真:仲間とのライディングは最高。

バイクを降りると、エンジンはオーバーヒートでピシピシポンポンわめいています。バディ、ニック、ケイド、ローガン4人はヘルメットを脱いで、一息入れます。

そこに20歳かそこらの女の子が感激と好奇心半々で走って来ます。

「ねぇ、あんたたち見ない顔だねぇ、一体何モノなのさ?!」と、彼女は一大声で尋ねます。

面倒くさくなってアンノウンの男たちは、店の周りを何周かぶっ飛ばしてウィリー・ピッグが最終結論としてテイクアウトを思いつきました。受け渡し窓口で急停車して2個のカルニータス(豚肉の煮込み)タコスを突きつけられ、きちんとむさぼります。この街で過ごせる楽しい時間です。


タコス・エル・グルーリョのタコス(画像元:yelp.com

4. スラム街を駆け抜けるハーレー

テイクアウトディナーに満足し、影がタコス色のアパートの上に長くのび、怪しい人たちがタコス料理店の周りをうろつき始めると、アンノウンの男たちは仕事を切り上げます。バイクとそのライダーたちは轟音を立てて去り、夜の間、バークレーの穏やかで安全な丘の上にいます。


写真:アンノウンライドでオークランドのストリートを爆走中。

 

翌日の夜明け、まるで軍艦のような灰色の空が広がり、イーストオークランドのストリートには激しい雨が降っていました。落書きだらけのストリートを乗り回そうとしていたアンノウンのメンバーは、避難場所を求めて叫び声を上げ、もう何番地かもわからない地区に隣接する廃倉庫へ集まります。

貨物列車、トラックトレーラー、重機、すべてがガラガラと音を立てて走りまり、耳障りな喧噪がその場を覆っています。全員の目の前で、ボロボロのピータービルトトラックが低くアイドリングしています。ヘルメットをかぶった2人の男が、熱心に、平台トレーラーの上に詰め込まれた30台の壊れた車を締め付ける付ける作業をしています。


ピータービルトのトラック(画像元:10-4 Magazine

 

 

「俺たちはこれを造船所に持って行くところだ」と、たくましい男の一人が説明する。「こいつらはまず中国に出荷され、溶かされてから、インドに送られる。それから、すべての鉄鋼を抜いて加工して、車やなんかにしてアメリカに戻すんだ。クレージーだろ?」

このことについて、ウィリー・ピッグがどう思うか聞いてみました。彼はただ頭を振るだけです。しばらくして、「事件現場清掃業」と車体に書かれた白いフォードの軽トラが2台が通り過ぎので「あれはどういうことかな?」とトラックを指差しながら、尋ねてもみました。


写真:愛車ダイナでオークランドの急坂を飛び降りるローガン・「ウィリー・ピッグ」・ラッキーの後ろ姿。

すると、「ああ、あの会社は最低限の賃金で車で走り回らせて、壁やなんかに飛び散った脳みそを拭きとらせているんだ」と彼は言う。「ずいぶん繁盛してるんだぜ。」

5. アンノウン・インダストリーズが誕生するまで

アンノウンインダストリーズとは何なのか?これを知るには時を遡って調べまわる必要があります。いかにしてカリフォルニアの4人の若者が、ハーレーダビッドソンのオートバイに乗って、超絶アクロバット、高度なパフォーマンス、息をのむ離れ技を一緒にやることになったのか、ストリートファイターとしてオークランドの禍々しい町を積極的に走り回るようになったのか。


バディ・サトルの回想:

「俺はハーレーに囲まれて育ったんだ」と、現在30歳のバディ・サトルが始めます。「オヤジはいつもハーレーを持っていたし、オヤジの友達はみんなハーレーに乗っていた。俺の年と貯金が十分になってすぐ、FXRを買った。見た目が俺が好きなバイクだったし、俺ががやりたかったことをするためには最強のバイクだって、わかってた。 本当に、本当に、ハードにそいつに乗るんだって、わかってた。そのバイクとヤツのルックスとヤツの乗り心地にぞっこんだった。だからひたすら練習を続けて、裏道に出て、がんばってウィリーできるようになろう。そこから先はまたその後で考えよう、と思った。俺はそのバイクと一緒に仕事を続けていて、それがだいたいわかった。そして、俺のライディングもひたすら進化し続けている」

サトルはBMXの神童であり、熱心なモトクロスライダーとして成長していましたが、ハーレーダビッドソン FXRに乗ることに関しては、その価値を十分に知りながらも自分の小さな世界にとどまっていました。一方、町の向こう側に、もう一人の子ども、ニック・レオネッティがいました。彼はやはり、BMXとモトクロスの影響を受けたライダーで、自分自身のFXRを買うために、アンノウンインダストリーズという名の小さなTシャツ会社を始め、お金を貯めていました。


BMX:
20インチ径ホイールを持つ競技用自転車
(画像元:X GAME

ニック・レオネッティの回想:

「2012年のことだった。」とニックは言います。「俺は、FXRを持ってるヤツのもとで働いていた。スポーツスタイルのハーレーみたいだったよ。俺は上司からそのバイクを買いたかった。そのバイクが、ウィリーやバーンアウトをやってみたいヤツが持つバイクだって、知らなかったけどね。そして俺はそのバイクを買って、ウィリーやらなんやらやってみようと思って町を乗り回していた。俺はバディーを知らなかったけど、お互いの噂は聞いたことがあった。俺はバディがハーレーでウィリーをしていること、BMXレースの経歴があること、才能のある男だってことを、聞いていたからね。ある日、俺たちは通りですれ違った。ヤツはバックブレーキをロックアップして180度旋回し、俺の後ろについてきて「この場所までついてこいよ」と言った。それで俺はそこまでついていって、生まれて初めてハーレーのウィリーを見た。それから俺のできることを見せた。その後、警官が現れて、俺たち2人を縁石に乗せた。バディはヘルメットを脱いだ。それで、俺たちは初めてご対面した、ってわけだ。」


写真:アンノウンライドによるツーアップダートバギング。

その時点から、バディーとニックはともに、彼ら自身のアイデンティティを確立させるため、アンノウンインダストリーズの名をFXRライディングの偉業にくっつけました。さらに、バディーが考えた「ハーレー・ウィリーズ」と呼ばれる小さなYouTubeベースのビデオシリーズは、ハーレーダビッドソン愛好家の間では少しずつ人気を集めていました。それはまた、思いがけず、この若い企業の宣伝と募集ツールとしても機能していたのです。

動画:アンノウンインダストーズの投稿ビデオ

 

「俺たちは、自分たちが投稿しているYouTubeビデオのおかげで、ローガン・ラッキーを見つけたんだ」とバディは言います。「彼はハーレー・ウィリーズのビデオナンバー3か4あたりで俺たちの仲間になった。俺たちが会った時、ローガンはこんな風に言ったんだぜ。『俺はローガン・ラッキーだ。俺の親父のブラッド・ラッキーは、モトクロスの世界チャンピオンだった。』それを聞いた俺たちはこんな感じ『えーマジかよ!超クールだぜ!』そこから俺たちは一緒に乗り始めたんだ。」

写真:アンノウンインダストリーズAチーム(左から):ローガン「ウィリー・ピッグ」ラッキー、バディ・サトル、ニック・レオネッティ、ケード・ゲイツ


次にその三人組に同調したのはケイド・ゲイツでした。 興味深いことに、ケイドは北カリフォルニアからではなく、南に下ったベンチュラからやってきました。「ニックとバディは動画を投稿し始め、現在、『ハーレー・ウィリー』のシリーズは全部で13になった」とケイドがいいます。

ケード・ゲイツの回想:

「その頃、ニックとバディがYouTubeに投稿しているのを見て、俺も自分のビデオで同じようなことをやってみたんだ。ちょっと進んでるやつだった。結局は北カリフォルニアまで行ってコイツらに会った。俺たちはめちゃくちゃ気が合ったんだよ。」

2016年、アンノウンインダストリーズの四人は、全国ツアーを行いました。数えきれないハーレー・ダビッドソン販売代理店はもちろん、スタージス・モーターサイクル・ラリーやサマー・エックス・ゲームなど、思いつく場所すべてで、スモークショーを行ったのです。


(画像元:Sturgis Motorcycle Rally

 


写真:アンノウンライドでタコスを食べに行く風景。

6. 廃墟の町と過激なハーレースタントの行方

例のドシャ降りはどこかに行き、道路が乾きました。アンノウンの男たちはまたバイクにまたがり、轟音を立てて走り出します。重工業地帯をウィリーで走り始め、落書きの壁、大きくて不気味なフェンス、鉄道車両、おんぼろビル群を、さっと通り過ぎていきます。

メンバーはイーデス・アベニューから離れた小さくて超怪しい界隈へ向かいます。ここには、オークの大木とバラの花に囲まれた、小さな家があります。もちろん、頑丈なフェンスと鉄棒もあります。

そこに集まったアンノウンの男たちは、またストリートに駆け出し、日が沈み始めるまでオークランド中を徘徊するのです。一日を終えると、急いでバークレーの丘に戻ってきます。生きて、別の日にまたオートバイに乗るために。

アンノウンのメンバーは、翌日からもまた数日間バイクを乗り回すでしょう。ウィーリー、バーンアウト、クレイジーラリードーナツ、時速150マイル(240km)のドラッグスターのような疾走を、オークランド作戦が完了するまで、おんぼろのオークランドコロシアム、オラクルアリーナ、オークランド港でお披露目します。

リスキーで、危険、物騒、でも間違いなく本物でした。オークランドの廃墟ライドの撮影が完了し、誰もがほっと息をついたところです。

バディは笑顔で言います。「ここは広くて、通りもデカくて、いろんなことが起きる。こっちに来れば、もうちょっと危ないこともできるしな。ここのサツ(警官)は俺たちにかまっていられるほど暇じゃないんだ。俺たち以外にわんさか取り締まらなきゃいけないヤツが多いのさ。ここで色々できるのは、本当に楽しいよ。それが俺たちのやることさ。俺たちはただ仲間と会って、大暴れして、最後はいつもオークランドに来る。そして、また新しいイカしたストリートを見つけるんだ。」

ニックが最後にまとめてくれました。「これが俺たちのすべてさ。オークランドだからいろいろチャレンジできるんだ。ここは俺たちの故郷。俺たちはここでがんばっているし、これからだってそうさ。」

 

まとめ

 

もし彼らがハリウッドやロサンゼルスのど真ん中でこのパフォーマンスを行えば、たちまち刑務所行きとなっていることでしょう。それだけ危険なスタントであることも理解する一方で、無法地帯のオークランドでライディングを極めようとするのはやはりプロと言えるでしょう。

かの世界的カスタムビルダー、アレンネスがスポンサーにつきたくなるのも無理はありません。

ハーレーでウィリーをすることは、警告されてなくともまずやることはないでしょう。

唯一マネができるところがあるとすれば、ハーレーに対するパッションと愛情ぐらいでしょうか。アメリカ合衆国の光と影の境界線を疾走するパフォーマンスはスリル満点です。

 


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