え、Vツインじゃない!?シングルだったハーレーの歴史秘話

いまやハーレーは

大型バイクのイメージですが

その歴史をさかのぼると
自転車に小型エンジンを積んだ
小さなバイクから始まっています。

また時代と用途に合わせた
小型バイクの開発にも力を注いでいました。

今回もアメリカ発の情報をお届けます。

HOT BIKE より、『知られざるハーレーの”子豚”たち』です。

 

(画像元:Adbranch )


1. Vツインじゃない!?単気筒のハーレーエンジンとは?

(記者:マーク・ハスカー)

ハーレー・ダビッドソンは、世界に向けて
750㏄と500㏄のストリート・ライトウェイトの
新商品を発表してから、市場の反応は様々でした。

バイクに乗った毛むくじゃら男の
拳に並んだタトゥのように、

好き嫌いがはっきりわかれました。

私個人は大好きです。

日本は長い間ハーレーの市場に目をつけてきました。

ハーレー・ダビッドソンは、
ライトクルーザーを投入して、
このクラスをずっと支配してきた
外国メーカーを叩きのめし、反撃をしかけようとしたのです。

このXG750を見て

「あんなのハーレーじゃねぇよ」

という人たちがいるのは心外です。

ハーレー110年の歴史の中には、
小排気量の”子豚”たちがたくさんいました。

初期の頃だけではありません。

長い社史の中での、
883のルーツとも言えるハーレーの歴史をご紹介しましょう。

ハーレー・ダビッドソンが元々
原動付き自転車、
いわゆる、『モーターサイクル』作りに
いそしんでいたことを思うと

どちらかと言うと
小排気量側の会社だったことは
それほど驚くことではありません。


(画像元:HOT BIKE): Harley Davidson 26B

このバイクは、単気筒エンジンを搭載した
Harley Davidson 26Bです。

ハーレーは、1909年まで、
vツインエンジンを製造していませんでしたし、

そのVツインエンジンは、
現代の基準でみると、排気量においてさえ、
たいしたことはありませんでした。
たったの750ccです。

ハーレーは1918年まで、
単気筒Fヘッドエンジンのバイクを製造しました。

Vツインフラットヘッドが市場に出る3年前の
1926年には、
単気筒フラットヘッドで駆動する
AやBシリーズにもう一度起用しています。

2. 戦後のハーレー軽量化バイクプロジェクト

1945年、戦後のアメリカでは、
軽量化されたオートバイが求められていました。

ハーレーもその需要に応えようとしていたことは
あまり知られていません。

私たちは旧車ノスタルジーに浸りがちで
1950年代のビッグ・ツインにばかり目が行ってしまいますが、

1948年に、ハーレーは
新型S-125でモーターサイクル市場を騒がせました。


(画像元:HOT BIKE):Harley Davidson 1948年 S-125

うわさによると、
ドイツのDKW RT125をベースにして
作られていると言われています。



(画像元:DKW autounion.de

DKW RT125の元々の設計図は
第二次世界大戦後に戦争賠償の一部として
ドイツから没収したものです。

ソ連と英国は、それぞれ、
RT125をベースにした独自のオートバイを作りました。

ソ連からはミンスクのネヴァル、
英国からはBRAのバンタムです。


(画像元:AUTO SOVIET):MINSK ネヴァル


(画像元:Harley Hummer Club

※ちなみに、日本ではYamaha YA-1が製造されました。

(画像元:YAMAHA

ハーレーのS-125は、
希望小売価格325㌦で販売されていました。

なんと、さらにたったの7.5㌦追加するだけで
クロームのリムをつけることさえできました。

その単気筒エンジンは、
3馬力という途方もない馬力を出しました。

「なんだ、大したことねぇな」と思うかもしれません。
でも、3頭の馬が、S-125を最高時速およそ88キロで
引っぱって走ったのと同じことなんです、すごいよね?!

S-125に『ハマー』という誰もが知る名がつけられたのは、
1954年になってからのことです。

毎年激化していく小型バイク市場で
欧州に遅れをとらぬよう、
ハーレーは小型バイクの改良を進めました。

1949年、ビッグツイン用に作られた
ハイドラ・グライド・フォークが生まれた後、

(画像元:Adbranch.com – Harley Davidson)

ハーレー125は独自の
テレスコピックフォークを装備し、
テレグライドと改名されました。

(画像元:Adbranch.com – Harley Davidson)

後に、ハマーのエンジンは
165㏄まで大きくなりました。

1950年代には売れ行きは絶好調でした。

さらに開発が進み1960年までに
9馬力になりました。

(※若いライダーたち利用しやすいように
アメリカ市場向けには
5馬力バージョンが作られました)

スキャット、ペイサー、レンジャーバージョンを含む
1962年式のフェザー級ラインナップを養うのに
十分な売上をあげていました。

1963年バージョンは、
エンジンの下にスプリングが搭載され、
ソフテイルフレームの先駆けになりました。

ところがハーレーは1966年に、
ハマーの製造を中止します。

18年間生き抜いてきた
ハーレー生まれの単発エンジンモデルは
ついに競合他社の開発ペースについていけなくなります。

しかし、泣く泣く引き下がるハーレーではありません、
撤退の6年前にちゃんと策を打っています。

アエロナウティカ・マッキという名の
イタリアの小さな会社の株を50%買収することによって、

ハマーの代わりを製造する準備をしていたのです。
小排気量バイクのシェアを取りたかったのでしょう。

アエルマッキは、
既に、単気筒の2ストロークと4ストロークを製造していました。

S−125は、英国と日本の製品に
追いつけないことをわかっていたので

アエルマッキに投資することで、
小型バイク競争に必要なツールを手に入れたのです。

そして、1年後、
ハーレーは250㏄スプリントを世界に売り出しました。

それは地味なモデルだったにもかかわらず
トラックレースで成功したため、人気を集めました。

オーバーヘッドバルブ・シングルを
フレームの中に水平につるし、
6,500rpmで18馬力出しました。

ケル・キャラザースが、
69年のマン島TTレースで
350スプリントを走らせて2着になった頃、

彼のバイクは9,000rpmで43馬力を出していたのです。

スプリントは舗装道路だけを
走っていたのではありません。

次に、ダート用にデュアルスポーツバージョンが
売り出されました。

その中には、より小さなガソリンタンク、
高いフロントフェンダー、
より小さなシートを備えたスプリントHが含まれていました。


(画像元:Motorcycle Classics – Harley Davidson Sprint H)

その後、スプリントHは
スクランブラ―に進化し、
ついにはスプリントSSに行きついたのでした。

アエルマッキは、
カジバがアエルマッキを買収した1978年まで
ハーレーと仕事をしていました。

(画像元:Mbike.com – Aermacchi 250 Ala Verde serie1)

実はこの年、ハーレーのSX250モデルが
生産終了した年でもあり

ビューエル社のブラストが参入するまでは、
ハーレー最後の単気筒モデルとなりました。

3. ハーレーシングルエンジンの末路

第二次世界大戦が終わっても、

ハーレーは米軍に関わり続けました。

WLAだけではなく、
後にはXLA(軍用スポーツスター)も作ったのです。


(画像元:Classic Harley Motorcycle & info

スプリントベースの陸軍用バイクは
聞いたことがありませんが、

ハーレーがロタックス社と共同で、
軍用にMT350/MT500バイクを製造したことはあります。

1987年ごろ、
ハーレーはアームストロング-CCMから
軍用バイク製品を購入しました。

ハーレー・ダビッドソンの軍用バイク製造は、
1998年にMTバイクの製造が打ち切りになったとき、終わりました。

一年後、ビューエルがブラストを発表したとき、
かなり高い評価を得ました。


(画像元:autoevelution.com

492cc 単気筒エンジンの
ブラストは、新しいライダーを獲得する
ハーレーの戦略の一部だったのです。

 

成長市場のライダーたちは、
普段使いのバイクに現代的な技術と燃費の良さを
求めていた背景を考えれば

それが気に入らない人もいるでしょうが、
これも時代に合わせたバイクの進化ということでしょう。

インディアン・モーターサイクルも
ここで小型化戦略に仕掛けてくるなんてことがあれば

見物になりそうですね。

(記事元:HOT BIKE 『知られざるハーレーの”子豚”たち』)

まとめ

ビッグバイクのイメージが強いのですが
ただ大きいだけがハーレーではありませんでした。

小排気量バイクの開発を行い
ひたすら技術を高めてきたHarley Davidson 。

今やVツインエンジンは不動の地位を
築いていますが

時代に合わせた開発の真相を紐解けば

この約110年間において
激変するバイク市場といういばらの道を

ハーレーは堂々と
走って来たことがよくわかります。

まさに、王道をゆくハーレー。
まだまだ進化を続けていくことでしょう。


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