1946年式ハーレーダビッドソンWRフラットトラッカー

ヴィンテージのハーレー、例えばWR750。このハーレーを所有するとしたらあなたはどのように乗りますか?博物館に譲る人もいるかもしれません。今回紹介するのは、子供の時からずっとWモデルに魅了され続けるライダーのストーリーです。

WRをトラッカーにカスタムし、現役でレースでぶっ飛ばしています。今回は、オーストラリアのハーレーライフをお届けします。

 


(記事・画像元:Throttleroll   記者:ピート・カグナッチ)

1. ハーレーダビッドソンWRフラットトラッカーの復活

オートバイ史の一片を担うマシーンが修復され、かつての栄光を取り戻し、称賛に値する逸品として復活しました。この1946年式ハーレーダビッドソンWRは今なお、ダートを、泥を、砂を、勢いよく蹴って走ります。このレースの申し子は、71年たった今もトラックを駆け続けているのです。

ハーレーダビッドソンWRは、1930年代アメリカのトラックを支配していた、強敵インディアン・スカウトに対抗すべく生み出されたマシーンです。WLAやWLCなどのレーサーの兄弟分であるこのバイクは、フラットトラックが得意でした。ここに登場する一台のWR750は、大事にカバーをかけてしまい込まれ、特別な日だけ外に出されているわけではありません。

ロスは、このWRをあらゆる種類のイベントに連れ出しているのです。直近では、アフターショック・シドニー2017、オートバイの維持・保存を考えれば危険極まりないレースに参加しました。とにもかくにも、この老ハーレーは、雨の中、危険な構造物を避け、こしゃくな若造たちと接戦を演じながら、ぬかるんだフラットトラックを猛スピードで走り回ったのでした。

 

2. ハーレーが欲しくてたまらなかった

ロスはこのスタイルのハーレーを良く知っています。50年近く前、彼が買った最初のオートバイは、1942年式ハーレーダビッドソンWLAでした。

「俺は、バイクが欲しくてたまらなかったから、そいつを学校の友達から50ドルで買ったんだ。そいつは競争車じゃなかったけど、俺は時間をかけて勉強して、仲間と農場をめちゃくちゃにするぐらい走り回せるようになった。免許をとるとすぐ、そのマシーンが俺の唯一の移動手段になったよ。故障して歩いて帰った話は山ほどあるけど、俺は最初のハーレーに惚れこんでいた。70年代の初めの頃、日本のバイクが派手に登場してきたけど、俺は鞍替えしなかったね。」

長年かけて、ロスは、最初のマシーンを走らせ続けるための部品取り車両として、WLAを数台買い足しました。社会人生活が始まると、ロスが国中を飛び回っている間、そのバイクたちは倉庫に保管されました。オールド・ハーレーへの彼の忠誠心は揺ぎ無く、数年後、ロスは再びこのバイクたちをいじることになります。今回は、ハーレーダビッドソンの豊かなレース史に、ほどよくのめり込んでいました。

3. ポンコツのハーレーを、トラッカースタイルにカスタム

「俺は、俺のポンコツたちを使って、ボードレーサーかフラットトラッカースタイルのバイクを造り上げようと思ったんだ。ずっとお気に入りだったからね。でも、ハーレー対インディアンの非公式ヒルクライムに参加するために、特別にヒルクライマーを造っちまったんだよ。そのイベントで、ハーレーWLレースバイクに出逢った。そいつのオーナーは、今は友だちなんだけど、オーストラリア中の由緒あるイベントで走ってる奴なんだよ。WLは、一番イケてるカムがついていて、カッコよくて、メタノールで走るんだーひと目ぼれしちゃったよ。」

このように数十年にわたりハーレーにのめり込み、わき目も振らず情熱を傾けてきたことを思うと、この驚異的なWRレーサーがどのようにしてロスのものになったのか、不思議に思う余地はほとんどありません。元々は、アメリカで、あるアマチュアレーサーがトラックを走らせていたのですが、オーストラリアにたどり着き、有能なロスにゆだねられることになったのです。

このマシーンに関してはあまり変更するところはありませんでした。マグネトーをちょっといじったことと、オリジナルのレース用キャブを取り換えたぐらいです。

「この型のバイクの情報はあまりなくてね。俺は、このバイクを買ってロードレースに参加させようと思ったんだ。現実的に、このバイクはフラットトラック競技用にできている、つまりスロットルは大きく開くし、キャブは極端に改変されてるし、ギアは低くいし、フロントブレーキがないってことなんだが、エンジン性能が他と違うんだよな。俺はこのバイクの見かけを現状維持して、たまに乗るだけにしようと決めた。ハーレー・フラットトラッカーのデモ走行のために、何回かブロードフォードスピードウェイトラックに行ってるんだが、そういう時だけ乗ろうと思ったんだよ」

【訳注「ブロードフォードスピードウェイトラック(Broadford Speedway track)」は、オーストラリアのビクトリア州にあるオートバイ競技場。1975年オープン。公式サイトはこちら

 

4. ハーレーWR750はレースを走ってこそ

「今年は、ロードレースに行くだけじゃなくて、ちょっと違うこともやってみようと決心したんだ。俺は2月のセリックスビーチレースにエントリーして、このWRに本来の仕事をさせてやろうと思ったのさ。このバイクを手に入れてから初めて、バレルをはずした。怒りながら乗らなきゃならなくなる前に、現状をチェックしないとな。コンディションは抜群だったよ。スタンダードより1サイズだけ大きくなっていて、ボトムエンドはしっかりしているようだった。それから、こいつのモーターを動かしている企業秘密がいくつか分かったんだぜ。見かけはWLモデルと全く同じなのに、ちょっとした仕掛けが隠されているんだ。

俺はバルブをひっくり返して吸排気とコンプレッションを改善し、コネクティングロッドやボールレースボトムエンドを、他のたくさんのちょっとした仕掛けと一緒にとりつけたよ。俺はそのビーチで大いに楽しみ、バイクは素晴らしい結果を出した。ライダーはたいしたことなかったけどな。」

セリックスの砂が落ちると、ロスは家に帰り、一週間かけてひたすらクリーニングとプリザービングを繰り返しました。今回は、砂が泥にとって代わりました。とんでもない改造をしたとんでもなく様々なマシーンが登場するのがアフターショックのウリであるにも関わらず、このWRが人気をかっさらってしまいました。この混沌とした週末に行われていることを考えると、これは偉業と言っていいでしょう。このWRがトラックで暴れまわり、泥と草にまみれている光景には目を見張ります。別の時代のレースとマシーンが垣間見えました。

「俺としては、今年のアフターショックは上出来さ。少なくとも、このバイクがまだまっすぐ立っているからな!まぁ・・・前方に取り付けたマグネトーがびしょ濡れで、ちょっと調子が悪いがな。それでもプラスチックバッグのおかげで被害が抑えられたとも言える。このバイクが両方のイベントで特に大きな問題もなく完走したことと、ライダーが生きて次のイベントに参加できるってことが嬉しいよ。俺は、ぬかるみですぐリタイヤするなんてことはしない。来月このレーストラックに戻ってくることを楽しみにしている。」
「先月は、楽しい賞品をもらったことと、WR本来の使い方をしてやれたことで、大満足だった。わざわざ声をかけてきて、このバイクを誉めてくれた全ての人たちに感謝している」

 

まとめ

大切に乗る、とはどういうことなのか?貴重なバイクがこれ以上劣化しないようにすることだけはないようです。トラッカーとして本領発揮するWR750を、その性能を最大限発揮させるようにカスタムし思い切り走行を楽しむ。バイクに活力を与える行為がライダーの人生を豊かにする、そんなハーレーライフを垣間見ることができました。カスタムのド派手さよりも、どれだけ楽しんでいるか、ビッグスマイルで送るハーレーライフこそハーレー乗りの醍醐味ではないでしょうか。


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童心を思い出すんだ、自転車で走り回った時の高揚感を、どこまでも遠くを目指した探究心を。

–  ハーレー仙人 –

もし気にいってくれたら下のボタンを押してくれ。ページのカスタムに勤しむ俺の仲間たちが喜ぶからな。最後まで読んでくれてありがとよ。


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