噂のハーレー電動バイク『ライブワイヤー』は2021年を予定

ハーレーから電動バイク『ライブワイヤー』が近い将来アメリカで発売される予定になっています。Vツインではなくなるハーレーダビッドソン、あなたはどう感じますか?今回は注目のライブワイヤーを通じて、ハーレーダビッドソンが考える、未来のバイク社会に迫ります。

 


(記事・画像元:Mail Online  2016年7月10日)

1. 噂のハーレー電動バイク、実現は本当?

ハーレー電動バイクについて、業界で囁かれているのは…

  • ウィスコンシンに本拠を置く会社が、それは初めての電動バイクであることを明かした。
  • ハーレーファンは、低ノイズ低公害のハーレーについて冷笑的だ。
  • 同社は大きなツーリングバイクで知られているのだから、思い切った一手と思われる。
  • しかしハーレーは、電動車の開発においてリーダーになることを望んでいる。
  • ライブワイヤーバイクは4秒間で0-96km/時を出すことができ、約80㎞の走行距離がある。
  • エンジニアたちは、再充電までに160㎞走行できるようになることを望んでいる
  • この電動バイクは芝刈り機より静かだと推定される。

 

アメリカの象徴的オートバイメーカー、ハーレーダビッドソンは、今後5年以内に電動バイクを発売する決定をしたと発表しました。同社は何年も、ライブワイヤー電動マシンコンセプトを大々的に宣伝してきましたが、二週間前に先駆的なバイクの製造についてのスケジュールを明言してきました。

「ハーレーダビッドソンは、電動オートバイをこれから5年以内に顧客向けに製造します」

と、ミルウォーキービジネスジャーナルで、ハーレーの世界的需要担当執行役員のシーン・カミングスが述べました。

写真:ハーレーダビッドソン史上初の電動オートバイ「プロジェクト・ライブワイヤー」は、2021年までに発売される。


写真:これは、ハーレーダビッドソンの電動オートバイのプロトタイプで、「ライブワイヤー」と呼ばれている。2015年にカリフォルニアロングビーチで開催されたプログレッシブ・インターナショナル・モーターサイクルショーで展示された。

2. ハーレー電動バイク発売は2021年を予定

5年間のスケジュールは現実的なものです。なぜなら、新しいバイクが路上での使用に十分適応するためには、デザインとエンジニアリングの過程に5年かかるのが一般的だからです。

6月までは、多くの人が、電動バイクというアイディアは単純に人気取りの宣伝行為以外の何物でもないと信じていましたが、今、同社は2021年までに、電動オートバイをアメリカで発売すると言っています。

同社は、バイクの再充電までの走行距離を、現在の80㎞から最低でも160㎞まで引き上げようとしています。

アルミニウムボディのプロトタイプは、伝統的なハーレーの轟音ではなく、低いすすり泣くような音を発し、典型的な芝刈り機より静かです。


写真:2021年の道路は、人々をあちこちへ運ぶ、プラグインの乗用車やバスの静かで優しいハミングで満ちているだろう。その絶え間ないハミングは、時折ハーレーダビッドソンによってのみさえぎられるのだろう。


写真: 2014年、最初のハーレーダビッドソン電動オートバイであるプロジェクト・ライブワイヤー・オートバイに乗って、ニューヨーク市のマンハッタンブリッジを渡るバイカーたち。


写真:あまり速くはない。電動ハーレーで橋を渡るライダーたち。このバイクは時速148㎞まで出すことができる。

3. ハーレー『ライブワイヤー』のスペック

7.2kgfmのトルクを生成する74馬力の電動モーターを誇示しながら、このバイクは最高時速約148㎞で、85㎞を走行することができます。そして、そのリチウムイオン・バッテリーパックは、3.5時間で再充電できます。

同社が若年層を引き込み高齢化したベビーブーマーへの依存から脱却する企業努力の重要な一環となっています。

ハーレーが製造した36台のライブワイヤー・プロトタイプは、アメリカ中のハーレーディーラーのイベントで6,800人の人々によってテストされました。駆動速度とコンディションによりますが、一度の充電でおよそ80㎞走行することができます。
ハーレーその他のオートバイ会社は、電動バイクが都市に住む若年層の購買意欲をそそると信じています。その層は、ガソリン車による環境汚染について関心があり、車列を縫って進むことのできる軽量のマシーンを求めているのです。

写真:ヘルズ・エンジェルズはなんと言うだろうか?電動ハーレーでは今までのような轟音を発することができない。ファンは不満だろう。

写真:ライブワイヤー・オートバイに乗る、ハーレーダビッドソンの最高マーケティング責任者マークハンス・リシェ。

4. 気になる伝統のVツインの行方

約40台のライブワイヤー・プロトタイプを使用したパイロット・プロジェクトからデータをまとめて後、同社は量産バージョンのオートバイの開発に着手しました。そのオートバイは、少なくともプロトタイプの倍の走行距離を備えなければなりません。

ハーレーダビッドソンのVツインエンジンの象徴的な音は、同社のオートバイの重要なアピールポイントなので、同社はそのバイクのイグゾーストノートを実際に商標として登録しようとしたほどです。そんな会社が静かなモーターへと踏み出すことは、非常にリスキーな一歩なのです。
2014年にニューヨーク市で開催された新製品発表イベントでは、ライダーたちが象徴的オートバイブランドの実験的マシーンに乗り、マンハッタンブリッジを渡って市の中心街を走りました。


写真:ニューヨークの販売店の前で、いかにもハーレーらしいポーズを決めるリシェ氏。


写真:ライブワイヤーのハンドルバーをクローズアップすると、コンピューターコンソールが見える。

 

しかし、ロサンジェルス郊外を横切ると、ハーレーファンたちが、新しい静かな電気モデルはブランドの永遠かつ最も大切な魅力を放棄してしまった、とこぼしました。

ロサンジェルス市カノガパーク周辺のハーレー販売店では、「オートバイというのは、エンジンの振動、音、腹の底を揺さぶるような体感が身上なんだ。そういうものは、電動オートバイにはない」と、顧客が言います。

彼はニュース放送局CNBCに「電動オートバイを買うんだったら、スクーターかなんかを買ったほうがマシだ」とも語りました。CNBCによると、多くのハーレー購入者は自分のバイクの音を大きくするよう調整するということです。

他の電動車同様、ハーレーダビッドソンのライブワイヤー・プロトタイプのエンジンは静かです。ジェット機が離陸しているようなブーンという音を立てると報告されていますが、それでも静かなのです。
そのプロトタイプはかなり控えめな74馬力最高時速148㎞なので、スピード狂市場にも(4秒間で時速96㎞まで加速できるという宣伝文句にも関わらず)訴えかけられそうにありません。


写真:未来のハーレー?ニューヨーク販売店の前に並ぶ、ライブワイヤー。だが、最速でも2021年まで、手に入れることはできない。


写真:ニューヨーク市のハーレーダビッドソン・ストアの中に展示されているライブワイヤー。


写真:芝居気たっぷりにライトアップされたライブワイヤー。ニューヨーク市のハーレーダビッドソン・ストアに展示中。


写真:電動化により象徴的なクロームガソリンタンクが消えた。ハーレーのトレードマークだったのだが。

 

5. ハーレーが電動バイク市場へ参入したい理由

大型の電動オートバイの市場が現在ほとんどないことから、この冒険がハーレーにとってリスクだとみる人もいます。毎年何百万台も売れている電動自動二輪は、ほとんどスクーターか原付で、中国人通勤者に好まれています。加えて、同社はそのような最先端技術の経験が不足しています。

しかし、あるアナリストは、大手メーカーによる投資は需要喚起に一役買うと見ています。ハーレーダビッドソンの社長マット・レバティッチ氏は、AP通信のインタビューで、ハーレーは今すぐ需要があるかどうかにこだわっておらず、長期的な可能性に関心があるのだと強調しました。

「我々は、自動車にしろオートバイにしろ、EV(電動車)技術はますます向上し、顧客のEV製品受容度もますます上昇する一方だと考えています。そして、サステナビリティと環境保護のトレンドは、ライダーのライフスタイルの中でますます重要な位置を占めるようになり、この面でのオートバイへの要求もますます高くなっていくでしょう」と、レバティッチ氏は言いました。

「だから、この業界がどれほど拡大するか、どれほど大きな影響力を持つか、誰もいますぐ予言することができません。」
同時に、レバティッチ氏などこのバイクの開発に携わっている人々は、顧客は性能を見てこのバイクを買うのであって、環境意識に基づいて買うのではないだろうと予測しました。


写真:ハーレーダビッドソンは、ウィスコンシン州ウォーワトサの自社研究施設で、新しい電動オートバイを公開した。

 

ギアをシフトする必要がないので、このバイクは4秒間で時速0㎞から96㎞まで加速することができます。エンジンは静かですが、ギアの噛み合いが、ジェット機が離陸するときのようなブーンという音をたてるのが、はっきり聞こえます。「『ゴルフカートのようだ』と思いながら乗る人がいるかもしれません」と、 主任技術者のジェフ・リッチレンが言いました。「降りるときには『宇宙船だ』って思いますよ」


写真:ウィスコンシン州にあるハーレーの研究施設で、ハーレーの新しい電動オートバイに乗って見せる従業員のベン・ランド。


写真:ハーレーダビッドソンの新しい電動オートバイに装備された管理画面。ギアをシフトする必要がないので、4秒間で時速0㎞から96㎞まで加速することができる。


写真:映画の撮影現場。エンジンは静かだが、ギアの噛み合いが、ジェット機が離陸するときのようなブーンという音をたてる。


写真:軽量のアルミフレームがバッテリーを包んでバイクの重量を下げ、高速を出すことや充電までに相応の距離を走ることができるようにしている。

 

6. これまでのハーレーダビッドソンの歴史を振り返る

ハーレーダビッドソン・モーターカンパニーは、重量級オートバイでは世界一の大手メーカーです。ウイリアム・S・ハーレーとウイリアム・A・ダビッドソンが、1903年にウィスコンシン州ミルウォーキーにハーレーダビッドソンを創立しました。

ハーレーの記録が初めて登場するのは、1904年にステートフェアパークで開催されたミルウォーキー・モーターサイクル・レースに関する記事です。

1年後、ハーレーの最初のディーラー、シカゴのカール・H・ランドは、最初の生産ラインで製造された3台のバイクを販売しました。そして、1907年までに、製品はオートバイ150台まで膨れ上がりました。

この間同社は警察にもオートバイを売り、1908年までには450台まで生産数を増やしました。

第一次世界大戦中、ハーレーはアメリカに15,000台のオートバイを供給しました。オートバイが戦闘に使用されたのは、これが初めてです。

1920年、世界最大のオートバイメーカーになっていたハーレーは、67か国で28,000台以上のオートバイを販売しました。

1929年から1933年まで、ハーレーの販売台数は21,000台から3700台まで落ちましたが、これは第二次世界大戦中、アメリカと連合国のために90,000台以上のオートバイを製造したときに回復しました。

1952年にハーレーが、アメリカ国際貿易委員会へ輸入オートバイに対して40%の関税をかけるよう要請したことで、競争制限協定の責任を負い、ブランドの名声に傷がつきました。
1950年代から1970年代まで、ハーレーはハリウッド映画に暴走族の乗るオートバイとして使用され、1969年にはバイク映画の古典『イージーライダー』に登場しました。

ハーレーは後に、悪名高い暴走族「ヘルズ・エンジェルズ」と同義語にもなりました。

AMFが1969年にハーレーダビッドソンを買収しましたが、ハーレーは価格が上がったにも関わらず、品質が下がってしまいました。

これを受けて売上が大幅に落ちたので、同社はほとんど倒産寸前になりましたが、1981年にAMFがハーレーを8千万ドルで、13人の投資家グループに売却することでAMFの関与を逃れます。

1983年、ハーレーは、ハーレーオーナーズグループ(HOG)を立ち上げました。愛称のHOGは、1920年代からハーレーにつけられていたものでした。その時代、農場の少年たちのチームは、オートバイレース中、本物の子豚をマスコットとして使っていたのです。

2000年、フォードは人気車種であるF-150小型トラックのハーレーダビッドソン版を作り始めました。

2008年、ハーレーダビッドソン博物館が、メノミニーリバーバレーにオープンしました。

インターブランドによると、ハーレーダビッドソン・ブランドの価値は、2009年に43%下落しました。これは、それに先立つ2四半期に同社の利益が大きく下がったことに関連しています。

【訳注:「インターブランド(Interbrand)」は、1974年にロンドンで設立されたブランディングファーム】

現代的なVRSCとストリートモデルファミリーを除き、現在のハーレーダビッドソン・オートバイは、古典的なハーレー・デザインに忠実であり続けています。

だから、電動モデルへの移行は同社の遺産からの方向転換を意味するのです。

ハーレーダビッドソンの軽量オートバイ市場での地位を確立しようとする試みは成功せず、1978年にイタリアの子会社アエルマッキを売却して以来、ほとんど放棄されてきました。同社は2014年にオートバイのストリートシリーズで、中量級市場に再参入しています。

 

まとめ

今乗っているハーレーから、ハーレーの電動バイク『ライブワイヤー』に乗り換えるか、と言うと多くの人はまだ断るかもしれません。なんと行ってもあのサウンドを放棄してしまうのには躊躇してしまうはずです。

とは言え、EVの時代は現に到来していて、日本でも多くのEV車を見かけるようになりました。高速道路、ショッピングモールには充電スペースがもうけられるのは当たり前となっている風景をみると、電動バイクの到来はそう遠い未来ではなさそうです。

あなたの仲間にも、『給油組』から『充電組』が増えることになるかもしれません。


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あの鼓動が失われるのは残念だが、たとえ電気になってもバイクの本質は変わらねぇはずだ。時代もバイク乗りも、前に進むしかない。

– ハーレー仙人 –

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