ハーレの歴史:トラブル続きだった『ショベルヘッド』時代

ハーレーダビッドソン・ショベルヘッドVツインは、1966年に発売され、1985年まで製造されました。日本製の安価で高性能なバイクの登場、AMF傘下での経営悪化、オイルショック、品質低下による酷評などハーレーにとって厳しい状況が続きました。この時代の大きな波に翻弄されながら、ハーレーも進化を余儀なくされた時代です。ショベルヘッドはハーレー生き残りをかけた激動の時代に開発されたエンジンです。

ハーレーダビッドソンのロングラン商品・OHVビッツツインエンジン、ショベルヘッドの歴史を覗いてみましょう。

 


(記事・画像元:CYCLE WORLD

写真:ハーレーダビッドソンが1966年にShovelheadエンジンを初めて導入したとき、売上高は26%増の36,210台/年となった。画像提供:ハーレーダビッドソン

 

1. ハーレービッグツインエンジン:ショベルヘッドの誕生

時は1966年。電気スタート、リアサスペンションなどを搭載したバイクはかなりの重量が増えました。それでも性能を維持するには、より大きな馬力を出さなくてはなりません。解決策としてショベルヘッドエンジンが採用され、1966年から85年まで製造されました。導入時には販売台数は26パーセント増の36,310台にのぼりました。

初年度のショベルヘッドは、スポーツスターアイアンヘッドのアルミニウムバージョンに搭載されました(長いフォーアンドアフト・フィン、10%出力アップさせるまっすぐなポート―いわゆる「パワーパック」)

2. ショベルヘッドの特徴

これらのヘッドは燃焼室の深さがそれほど深くなく、そのバルブの開先度は78.5度まで減少しました(吸気は中心線から40.25度、排気は38.25度)

これがなぜ重要かというと、燃焼室が浅いほど、燃焼熱がヘッドに入る表面積を少なくすることができるからです。また、圧縮比がオリジナル“E”モデルの6.0:1 から8.0:1のように上昇するにつれ、ピストンドームはより高くならなくてはならず、燃焼を妨害し冠面の面積を拡大しなければならず、結果としてピストンはどんどん熱くなってしまいました。ショベルヘッドの浅い燃焼室は冷却を促進し、従来のバルブアングル90度の燃焼室より高い圧縮比で良好に機能しました。

訳注:圧縮比(Compression Ratio)は、内燃機関及び外燃機関の内燃室(ないねんしつ)において、最も容積が大きくなる時の容量と、最も容積が小さくなる時の容量の比率を表す値であり、一般的な熱機関の基本的な仕様となる値でもある。Wikipediaより】

 

ロッカーアームピボットは、ボルト式のロッカーボックスキャスティングの一部として造られるようになりました。1966年から68年のモデルは、まだオルタネーター(交流発電機)より、ジェネレーター(直流発電機)を好んで使っていました。

リンカートDCキャブ(Mは丸いフロート室を、DCは四角ばったフロート室を持っています)を採用し、圧縮比は8.0:1、オールチェーンドライブで、4速の分離式ギアボックスがついていました。

しかし、アイアンスポーツスターのヘッドには、かなり長い排気ポートがついていました。このキャスティングでは、フロントシリンダーのポートは約107度、リアは約80度回転します。

ヘッドキャスティングの中の回転に関しては、故ケニー・オーガスティン(ハーレー不朽の名車XR-750ダートトラックのエンジンのポートを改良した人物)の言葉が思い出されます。

「空気は速く流すことができるし、コーナーを曲がらせることもできる。しかし、両方同時にさせることはできない」

バルブサイズは、吸気が4.93㎝(1.94-inch)、排気が4.45cm(1.75-inch)になりました。ストレートポートのフロー値は、まだ、キャブレーターの利便性や排気管の位置と比べ、重要性が低かったのです。

 

写真:初年度のショベルヘッドはスポーツスター・アイアンヘッドのアルミニウムバージョンに搭載された。これらのヘッドの燃焼室はさほど深くなかった。なぜなら、燃焼室が浅いほど、燃焼熱が触れる表面積を減らせるからだ。画像提供:ハーレーダビッドソン

 

3. ハーレーショベルヘッドに立ちはだかるトラブル

 

オイルは、クランクケースに戻るのではなく、ショベルヘッドに溜まり、バルブガイドを越えて漏れて、排気煙を出す可能性がありました。シリンダーにはそれぞれ10個のフィンがついていました。

【訳注:クランクケース(crankcase)は、レシプロエンジンを構成する構造の一つで、クランクシャフトが納められる箱状の部位。Wikipediaより】

【訳注:フィン(fin)は、熱交換の効率を上げることを目的として、伝熱面積を広げるために設けられる突起状の構造。Wikipediaより】

 

ここで考えるべきは、「ウェットサンピング」として知られるもののことです。もし、何等かの理由で、稼働部分から投げ捨てられたオイルが、スカベンジポンプ(回収ポンプ)によって速やかに回収されてオイルタンクに戻るのではなく、クランクケースに蓄積されていけば、オイルは様々な問題を引き起こす可能性があります。

フラットヘッドKRレースバイクについて、かつてディック・オブリエンが言いました。

「デイトナのバンキングでバイクがウェットサンピングし始めたとき、見えたんだ。大きな見えない手が降りてきて、バイクを抑え込んだかのようだった。ガクンとスピードが落ちてしまったんだ」

回収されないオイルは回転するクランクとクランクケースの間で激しくせん断されてブレーキのように作用し、スピードが低下すると同時に油温は急上昇しました。

ウェットサンピングは、ハーレーダビッドソンのように、クランクホイールとケースの間がぴったりくっついているようなエンジンが抱えている潜在的な問題です。多くのメーカーが、従来、この問題を抑制するため、フライホイールの直径を小さくしてきました。

訳注:せん断(shear)は、はさみなどを使って挟み切るように、物体や流体の内部の任意の面に関して面に平行方向に力が作用すること。Wikipediaより】

 

3-1. エンジンが熱くなりすぎるとどうなるのか?

なぜ、エンジンが熱くなることを憂慮しなければならないのでしょう?結局のところ、エンジンは「熱機関」ではないですか?エンジンが熱くなればなるほど、その吸気はシリンダーに入るまでに密度を失います。

空気密度の損失に比例して、トルクが落ちます。レースチューナーは、最良出力混合気が、一周か二周の間大きなパワーを出させても、エンジンが動作温度に達するやいなや、この熱と密度の効果がパワーをいくらか失わせることを知っていました。

結局のところ、混合気がリッチすぎると、オーバーヒートして出力が低下するのです。低速でのオーバーヒートはシリンダーをゆがめ(風はシリンダーの後部より前部を冷やします)、リングシールを劣化させ、スモークさせ、そしてオイル消費量をつりあげる可能性があるのです。

ショベルヘッドのシリンダーはまだ鋳鉄製で、その低い熱伝導率がピストン温度を上げてしまいます。安全に作られるピストンクリアランスが小さければ小さいほど、ピストンとシリンダーの接触による冷却効果が向上します。そのため、膨張を低減するスチールの支柱が、ピストンの内部に取り付けられました。

インテークマニホールドは以前スモールリップOリングシールを持っていましたが、リップのないフラットバンドと交換しました。

ブレーカーレス・エレクトロニックイグニッション(電子制御式点火装置)が採用されました。圧縮比は8.0:1で、65馬力です。1310㏄(80.cu.in.)は、よりなめらかに、より簡単に出力しましたが、より大きく出力したわけではありません。

これは、鉛アンチノック添加剤使用が強制的に削減され、燃料のオクタン価が下がったので、低品質で不安定なガソリンが出回った時代背景があります。

1977年から80年にかけて、バルブとガイドの故障やオーバーヒートの問題が発生しました。エンジン動作温度と低下する燃料品質に対して、圧縮が過剰になってしまったのです。

1980年の夏に実施されたワランティ調査の結果、次世代エンジンを設計する計画が立てられました。

【訳注:インテークマニホールド(intake manifold)は内燃機関の燃焼室に空気を導入するための多岐管(manifold)。日本語ではインマニと略して呼ばれる場合もある。Wikipediaより】

 

ショベルヘッドの設計が終わりに近づくにつれ、工場はオイル消費を制御するための対策部品を作り出し、ピストンリングとバルブの寿命を延ばしました。

ピストンは、熱いとき正しい輪郭もつ、洗練された形を与えられました。ショベルヘッドの燃焼室は、鉛削減前の時代の高オクタン価ガソリン(1977年以前)で、最高の性能を発揮しました。

エンジンは、当時の標準より高い圧縮比に耐えることができましたが、鉛の減少が始まるとそうはいきませんでした。この時代に、ジェリー・ブランチは、硬い(低鉛燃料の許容度が高い)バルブシートの設置を開始しました。

ガソリン中の鉛には、バルブとシートとの間の焼きつき防止剤としての副次的な利点があり、バルブの開閉に伴って微細溶接やプラッキングを防止します。

クランクシャフトの構造は、初期から5ピースでした。2つの鋳鉄製フライホイールが、テーパーアンドナットで固定されたスチール製のクランクピンによって、分離式のテーパーアンドナットのスチール製メインシャフトに結合さていました。

鋳鉄製のフライホイールを使用していた全てのメーカーは、ユーザーがバイクをハードに乗り回していたので、かなり柔らかい鉄のフライホイールの中で、メインシャフトとクランクピンが弛んでしまう経験をしていました。

1971年あたりのXR-750ダートトラック・レーシング・エンジンには、メインシャフトと一体のスチール製フライホイールがあり、これは一体型クランクシャフトへの切替えを除けば最強の構造でした。

これはまさに、昔のドラッグレーサー故クレム・ジョンソンが、彼のビンセント・ドラッグスターのフライホイールが7500rpmで焼きつくのを止められなかったときに行ったことです。

クランクバランスの一般的な数値は60%です(クランク平衡錘は回転錘100%、しかし往復錘はたったの60%で釣り合います)。

自動車用平衡器は、通常はV8エンジンに使用される52%を使用することがあります。

バイクエンジンで52%以上を使用するのは、ライダーとパッセンジャーが上下振動を強く感じるからです。そのため、振動の一部を、平衡を捨てることで前後運動に変えるのは、理にかなっていたといえます。

 

4. ショベルヘッドエンジンの改良年表とモデル画像

 

ショベルヘッド:1966年

写真:1966年 FLH エレクトラグライド(画像元:MECUM AUCTIONS

FLH エレクトログライドのエンジンが、パンヘッドエンジンからショベルヘッドに変更されました。

 

ショベルヘッド:1969年

写真:1969年 FLH エレクトラグライド(画像元:MECUM AUCTIONS

ハーレーダビッドソンはAMFとの合併により財政問題を解決しようとします。ジェネレーター(直流発電機)の出力は限界でした。ティロットソン社製Dキャブレーター(これはフロートなしキャブレーターで、その油圧はポリマーとファブリックの隔膜によって調整されていました)を採用。

【訳注:AMFは、アメリカ合衆国で240以上のボウリングセンターを運営する企業。かつてはアメリカ最大のレクリエーション機材を生産、販売する企業であり、取扱品目は園芸器材、原子炉、ヨットと幅広く多様化した。しばらくの間、ハーレーダビッドソンを所有していた。Wikipediaより】

 

ショベルヘッド:1970年

写真:1970年 FL エレクトラグライド(画像元:MECUM AUCTIONS

キックスタートがFLから外されます。ここから先、オルタネーター(交流発電機)が、左側のクランクケースにクランクと同軸で、再設計されたケース内のプライマリードライブの後ろにつきました。外付けの「タイマー」はなくなり、新しい円錐形のタイムカバーがつきました。(とうもろこしの形にみえることから「コーンモーター」と呼ばれ、「ジェネレーター(直流発電機)ショベル」の後に来ます)

一本のボルトが、以前の、ヘッドの中で常にゆるんでいたねじ山に代わって、排出ポートにつなぎとめています。ティロットソン社製キャブ採用。

 

ショベルヘッド:1971年

写真:1971年 FX スーパーグライド(画像元:MECUM AUCTIONS

ゼニス・ベンディックス社製キャブ採用。自動車産業の「ファクトリー・ホットロッド」コンセプトを拡張したウィリー・G・ダビッドソンが、「ファクトリー・チョッパー」へのアプローチを提供し始めました。スタイルと個性を売りにしたのです。これは実のところ、チョッパームーブメントを取り入れたものでしたが、もっとたくさんの人々の目に触れるところとなりました。

【訳注:ホットロッド(Hot rod)は、アメリカ合衆国で1930年代に生まれた、カスタムカーのジャンル。クラシックカーを使い、ボンネット、ガラス、屋根、バンパーなどを取り除いたり、チョップドトップを行い、ボディーの軽量化を行う例が多い。Wikipediaより】

写真:スーパーグライド FX の広告(画像元:Adbranch

ショベルヘッド:1972年

写真:1972年 FLH (画像元:MECUM AUCTIONS

手動シフトのオプションを廃止しました。

 

ショベルヘッド:1973年

写真:1973年 XLH (画像元:MECUM AUCTIONS

FXとXLに、1973年から91年までディスクブレーキがつけられました。オイルポンプはまだツインギアタイプでした。

【訳注:ディスクブレーキ (disc brake) は、制動装置の一種であり、主に航空機、自動車、オートバイ、自転車車、鉄道車両に使用されている。車輪とともに回転する金属の円盤を、パッドなどで両側から挟み込むことによって制動する。Wikipediaより】

 

ショベルヘッド:1974

写真:1974年 XLH スポーツスター(画像元:BIKE URIOUS

第一次石油危機が起き、ガソリンのオクタン価と濃度が低下しました。結果として生じる慢性的なエンジンノックは、オーバーヒートを引き起こしました。シリンダーヘッドが再び熱くなってきたので、アルミニウム素材はさらに膨張し、ガスケットを破損させ、据え付けボルトをひっぱって緩めました。当然の結果として、オイル漏れを引き起こしたり、ガスケットを完全に破損させたりしました。これらはハーレーダビッドソンの数十年にわたる名声を傷つけるものでした。

【訳注:オクタン価(octane number)は、ガソリンのエンジン内での自己着火のしにくさ、ノッキングの起こりにくさ(耐ノック性・アンチノック性)を示す数値である。オクタン価が高いほどノッキングが起こりにくい。Wikipediaより】

【訳注:エンジンノック(engine knock)は、一般的に、ピストンエンジンがキンキン・カリカリなどと金属性の音や振動を発する現象全般を指す。極端な場合にはエンジンブローにつながる。Wikipediaより】

【訳注:ガスケット(gasket)は、構造に気密性、液密性を持たせるために用いる固定用シール材。Wikipediaより】

 

クランクシャフトの重さは16.1kg(35.3ポンド)、フライホイールは直径21.6cm(8.5inch)、幅10cm(4inch)でした。コネクティングロッドは、ロッド比が1.87の場合、穴と穴の間の距離は18.891cm(7.4375inch)でした。ロッドの大端部には分離式の、硬化されたプレスインスティールの軌道輪がついていました。磨かれた(特大サイズの転動体つき)特大軌道輪を5つつけることができました。

【訳注:クランクシャフト (crankshaft) は、エンジンの構成部品の一つ。ピストンの往復運動を回転力に変えるための軸。Wikipediaより】

【訳注:コネクティングロッド(connecting rod)は、クランクシャフトとの連動により、ピストンの往復直線運動を回転運動へ変換する部品。ピストンピンとクランクピンを結び、それぞれの端を小端部、大端部と呼ぶ。Wikipediaより】

 

ショベルヘッド:1976年

写真:1973年  FLH エレクトラグライド リバティーエディション (画像元:MECUM AUCTIONS

AMFは利益と損失を理解しましたが、製品をその動作条件と同等に保つための工学的必要性は理解していませんでした。「もっとたくさん造れ!」製造数は48,000台になりましたが、結果として生産はスピードアップしたものの、品質は低下し、従業員同士の関係も悪化していきました。

この年の早いうちから、経営陣は、名声を取り戻すために、もっと性能の良い新エンジンが必要であることがわかっていました。この当時のアメリカの自動車産業界では、生産ラインを稼働させ続け、後で「再加工」を通じて品質問題を正すほうが望ましいと考えられていました。

事実上、ひとつの製品を二度造ったのです。これは、戦後景気が好調なうちはうまく機能しましたが、ヨーロッパやアジアからの競争が展開するにつれ、深刻なハンディキャップを生むこととなりました。

 

ショベルヘッド:1978年

写真:1978年  XLCR カフェレーサー (画像元:MECUM AUCTIONS

排ガス規制のために混合気がリーンになってきたこと(少々リッチな運転からの冷却効果がない)と重量増加に対応して、ショベルヘッドは排気量を8.89㎝×10.79㎝=1340cc(3.5 x 4.25 inches = 81.8 cu. in)に増やしました。当初から空冷エンジンは、冷却を助けるため少々リッチに稼働していました。

この冷却源が規制によって否定され、ライダーが加速するためにスロットルをもっと開かなければならなくなったとき、エンジンはもっと熱くなり、しばしばデトーネーション(爆轟)に追い込まれました。

【訳注:混合気(mixture)とは、ガス燃料(気体)もしくは霧状の液体燃料が混ざり合った状態の空気。「混合気が濃い」(リッチrich)といった場合には空気に対して燃料の比率が多めであることを、「混合気が薄い」(リーンlean)といった場合には空気に対して燃料の比率が少なめであることを表す。Wikipediaより】

 

写真:メーカーの広告が大きくて大胆だったとき、そしてハーレー・ダビッドソンがベルトのファイナルドライブにちょうど方向転換していた頃を振り返る(1980年)画像提供:ハーレーダビッドソン

ショベルヘッド:1980

写真:1980年  FLT ツアーグライド (画像元:2040 MOTOS  )

この年からベルトファイナルドライブが採用されました。FLTスイングアームは新しい5速トランスミッションにボルト留めされています。スピンオンオイルフィルターが採用されました。ラバーマウントエンジンと新しい5速ギアボックス(FLT)は一緒にしっかりとボルトで固定されています。

【訳注:スピンオン式オイルフィルター(spin-on oil filter)は、底部に雌ねじが切られた薄いプレススチールかアルミニウム製のケーシングの中に、濾紙製オイルフィルターと各種バルブ類を全て内蔵しているタイプのオイルフィルターで、エンジン側のオイル経路上に設けられたパイプ状の雄ねじに直接回転させて取り付けられ、オイルフィルターを交換する度に濾材はケーシング毎廃棄されることになる。Wikipediaより】

 

後退ギアオプションが廃止されました(以前はサイドカー用に4速または3速+後退のいずれかを選択できました)。一時は歯形ベルトプライマリードライブが製造されました。ゴムブロック対応部材を備え、防振でクランクがついた「補償器」は、熱によって劣化し、ブロックの交換が必要になることがあります。

 

ショベルヘッド:1981

 

写真:1981年  FXB スタージス (画像元:MECUM AUCTIONS

ハーレーは自社をAMFから買い戻しました。オルタネーターの出力が増加します。排気クロスオーバー管が採用されます。元のショベルヘッドの鋳鉄ポンプより、3分の1多くオイルを供給する新しいオイルポンプが採用されました。即時的ダメージコントロールの一環として、新しい低品質ガソリンが爆発するのを防ぐために、圧縮比を8.0:1から7.4:1に減らしました。改良され長くなったバルブガイド、ケーラインシール、そしてロッカーボックスからの余分なオイルの排出ラインが、「オイルコントロールキット」に入ってリリースされました。

生き残るためには、新鮮なデザインで会社の名誉を回復することが不可欠でした。

 

ショベルヘッド:1982年

写真:1982年  XLHA スポーツスター25th アニバーサリーモデル (画像元:MECUM AUCTIONS

ハーレー・ビッドソンのジャストインタイム生産方式(または「MAN」 – Materials As Needed)や統計的プロセス制御のような現代的な製造コンセプトの革命的な採用については、色々言われてきましたが、実際のところ、これはやけっぱちな自己防衛でした。

 

5. ハーレーダビッドソンで採用された日本式生産方式

この年、トム・ゲルブがジャストインタイム製造によって在庫コストを節約したので、同社は年間の営業損失を相殺するのに十分な蓄えを得ることができました。

伝統的な製造では、数千の必要な部品とアセンブリを事前に注文し、必要になるまで倉庫に入れ、資本と床面積の両方を滞留させていたのです。

その間に関連する部品の設計が変更された場合、倉庫に保管された部品はもはや適合しない可能性があり、デトロイトでよくみられる非常に高価な緊急変更が必要になってしまうのです。

しかし、ジャストインタイム組立では、供給メーカーが部品を必要に応じて毎日提供しています。これは協力と計画を必要としますが、現金を節約することができます。

【訳注:ジャストインタイム生産方式(Just In Time:JIT)は、経済効率を高めるための技術体系(生産技術)である。トヨタ自動車の生産方式(トヨタ生産方式)の代表的な要素としてよく知られている。カンバン方式とも言われる。“必要な物を、必要な時に、必要な量だけ生産する”こと。Wikipediaより】

【訳注:統計的プロセス制御(Statistical process control)は、製造工程を視覚的に監視する手法で、管理図を用い、少数の標本を頻繁に採取することで、品質に影響のあるような工程の変化を検出する。Wikipediaより】

 

このような方式は「日本式」と呼ばれてきました。W.エドワーズ・デミング博士の指導を受け、第二次世界大戦後に日本で熱心に採用されたからです。

実のところ、そのような方法は戦争中の米国産業では一般的でしたが、戦後の米国の繁栄中は「不必要」なものとして脇に置かれていたのでした。

例えば、統計的プロセス制御は、ベル研究所のウォルター・シューハート博士によって、1920年代に行われていました。

【訳注:W・エドワーズ・デミング(William Edwards Deming 1900.10.14~1993.12.20)は、アメリカ合衆国の統計学者、著述家、講演者、コンサルタント。1950年から日本の企業経営者に、設計/製品品質/製品検査/販売などを強化する方法を伝授した。Wikipediaより】

【訳注:ウォルター・A・シューハート(Walter Andrew Shewhart、1891.3.18~1967.3.11)は、アメリカ合衆国の物理学者、技術者、統計学者。「統計的品質管理の父」とも呼ばれる。Wikipediaより】

 

ハーレーダビッドソンが、これらの方法を使用したのは、アメリカ産業における成功の代表例となり、他社にそれらを使用するように教えよう、という強力な趣旨からでした。

単気筒運転を可能にするためにはY型マニホールドが必要でしたが、2つのシリンダへのシーリング材には常に問題がありました。

恒久的なシールを行うために、ビルダーは、締め具を手で締め付けてシリンダーにヘッドを組み立て、次にマニホールドボルトを締め、その後ヘッド締め具をねじります。

なぜこれは期待どおりに機能しなかったのでしょうか?エンジンは動作中に曲がります。巨大なラジアル航空機エンジンのシリンダーは、パワーストロークで5.1mm(0.2inch)横に傾き、フレキシブルマニホールドコネクションよりも硬いものはなんでも裂いてしまうからです。

スーパーグライドには32mmケーヒン社製バタフライキャブレーターが装着されました。車重は281kg(620ポンド)でした。

1982年式シャベルヘッドはサイクルマガジンによって動力測定され、5000rpmで51馬力にまで達し、最大トルクは4000rpmで8.57kgm(62ポンドフィート)を記録しました。

【訳注:株式会社ケーヒン(Keihin Corporation )は、本田技研工業(ホンダ)系最大手の総合システムメーカー。本田技研工業系列だが、他にヤマハ発動機、スズキ、川崎重工業、ハーレーダビッドソン他、国内及び海外の主要二輪メーカーにも部品を供給している。Wikipediaより】

 

まとめ

日本製の安価で高性能バイクの登場、AMF傘下での経営状況悪化、ハーレーのブランド取り戻しをかけた株式のバイバック。66年から85年まで製造されたショベルヘッドは激動の時代を生き抜いてきました。1966〜1969年までのクランクケースはパンヘッドと同一ものが使用され、『アーリーショベル』と呼ばれています。パンヘッドから引き継がれた74キュービックインチが採用されました。

後期は発電機が直流型から交流型のオルタネーターが採用され『コーンモーター』とも呼ばれていました。74キュービックインチから80キュービックインチにサイズも大きくなったことにも見られるように、時代はさらなるパワーを求めていました。

しかし経営悪化と品質低下の影響か、80ショベルは熱ダレ、オイル漏れなど酷評を受けることになります。

不遇の時を生き抜いたショベルは、歴代OHVエンジンの中ではもっとも鼓動感を楽しめる味わい深いエンジンとして現代となった今でも人気があります。

この激動の時代背景もまた味わいの一つとなり、ライダーと時を共有することとなるでしょう。


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生きていると、いろいろあるぜ。山を駆け上がり、暗い谷を抜け、朝に安堵し、また夜に怯える。絶望の中にも吹き抜けるやわらかに風、穏やかな景色、そして支えとなる仲間の存在で、またもう少しだけ旅を続けようと思うのさ。

– ハーレー仙人 –

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