ハーレーの歴史:トラブルと改良年表で見る『パンヘッドエンジン』

パンヘッドVツインエンジンは、1947年に、1000㏄(61cu.in.)と1200㏄(74cu.in.)バージョンが発売されました。ナックルヘッドエンジンの弱点を克服するはずでしたが、ハーレーの開発者の前にはさまざまなトラブルが立ちはだかります。改良、改善を積み重ねデビューの1948年から1965年の17年間生産されました。

エンジンとシャシーの技術的進化を見てみましょう。


( 記事・画像元 :CYCLE WORLD.COM )

写真:ハーレーダビッドソンのパンヘッドエンジンにおいては、素材を鋳鉄からアルミニウムに変更したことによって、ヘッドの冷却効率が向上した。その大きな一体型バルブカバー - 「パン(平鍋)」 – がこのエンジンの名となった。画像提供:ハーレーダビッドソン

 

1. ハーレービッグツインエンジン:パンヘッドエンジンの誕生

1948年に、ナックルヘッドにとって代わる、新しい「61」(1000㏄)と「74」(1,210㏄)を発売することが発表されました。1,000㏄(61cu.in.)のボア、そしてストロークは8.4137cm(3.3125in.)×8.89cm(3.5in.)で988㏄、1,210㏄(74cu.in.)は8.7312cm(3.4375in.)×10.08062㎝(3.96875 in.)で1207.72cc(73.7cu.in.)、55馬力を出すと宣言されたのです。

OHV(オーバーヘッドバルブ)エンジンは1,210㏄(74cu.in.)と1,300cc(80in.)のフラットヘッドのオーバーヒート問題をほとんど克服していました。新しいパンヘッドエンジンは、前モデルのボトムエンドを使用していました。

2. ナックルヘッドエンジンから何が変わったのか?

新たに誕生したパンヘッドの特質するべき進化は、高出力による熱を処理させるため、素材を鋳鉄からアルミニウムに変更してヘッドの冷却効率を飛躍的に向上させたことにあります。

アルミニウムの熱伝導率は鉄の三倍です。高力アルミニウムでさえ、バルブシートとしては柔らかすぎたので、バルブは縮小されたハードシートリングの上に据えられていました。

アルミニウムヘッドの大きな熱膨張のため、ハイドロリッククリアランスアジャスター(油圧式すきま調節装置)を、4つのプッシュロッドの先端に組み込むことが決定されました。

これで、古くから行われてきたバルブクリアランス(弁すきま)の手動調整が、必要なくなるのではないかと期待されたのです。

3. パンヘッドエンジンに立ちはだかるドラブル

しかし、微粒子がハイドロリックアジャスターの蒸気口を塞ぎ、時折、破損やバルブ騒音を引き起こしました。シリンダーは鋳鉄のままでした。アルミニウムのヘッドは、B-17、P-47、そして F4Fヘルキャット戦闘機に搭載されたエンジンに使われているものと同じ、高温強化合金で鋳造されていました。

大きな一体型バルブカバー、このエンジンの名の由来となった「パン」は、オイルの封じ込め問題を簡単にしようと試みたのですが、期待とは裏腹に完全に成功したわけではありませんでした。

パンヘッドエンジンはオイルを漏らす結果となりました。フェルトパッドがバルブ騒音を下げ、ロッカーギアの新たなオイル供給元になるのではないかという期待をこめて、ロッカーギアの上に置かれました。

ロッカーアームは再設計されました。それまでは、ロッカーアームは固定シャフトで回転していましたが、ボルトで締め合わされたトラニオン(筒耳)を軸に回るようになったのです。これらの中空ロッカーは、エンドプラグが外へ出ると、油圧を損失させることがありました。オイルはシリンダー内の孔を通り、ポンプで、ヘッドとボルト止めされたロッカーサポートへ送り込まれました。

オイルは他のシリンダー孔を通り、クランクケースのシリンダー取り付け面の溝に戻りました。プッシュロッド・チューブを通って戻るオイルもありました。

写真” ハーレーダビッドソンは、一体型バルブカバーがオイルの封じ込め問題を簡単にするだろうと考えたが、その通りにはいかなかった。そして、パンヘッドはまだトップエンドからオイルを漏らしていたのだ。画像提供:ハーレーダビッドソン

 

さらに新しいカムが設計されました。ダブルギアオイルポンプは「屋外」に出され、以前のようにタイミングサイドのクランクケース後方にボルトでとめられ、オイルを速く循環させるために拡大されました。

 

写真:パンヘッドエンジンでは、オイルがシリンダー内の孔を通し、ポンプで、ヘッドと、ボルトでとめられたロッカーサポートに送り込まれていた。オイルは他のシリンダー孔を通り、クランクケースのシリンダー取り付け面の溝に戻った。プッシュロッドチューブを通って戻るオイルもあった。画像提供:ハーレーダビッドソン

 

4. パンヘッドエンジンの改良年表とモデル画像

パンヘッド:1949年

写真:1949年 FL Hydra Glide (画像元:Harley-Davidson Museum ) 

フロントブレーキドラムは20.32㎝(8in.)まで拡大されました。新しいテレスコピックフォークは、前のスプリンガーフォークのフロントホイールトラベルの5.08㎝(2in.)の倍以上のトラベルを持っていました。このテレスコピックフォークへの変更は、当時輸入されていた多くのテレスコピックフォーク搭載イギリスバイクに太刀打ちするため、必須だったのです。いくつかのフォーク部品は、メナスコ社によって製造されました。メナスコは、第二次世界大戦中、航空機のためにテレスコピック・ランディングギア(着陸脚)を供給していました。

写真:1949年 FLH OHV Delux(画像元:MECUM AUCTIONS 

 

パンヘッド:1951年 

写真:1951年 FLH (画像元:MECUM AUCTIONS

カムローブにクリアランスの傾斜がつけられ、クロムメッキのピストンリングが採用され(これは戦時中空冷航空機エンジンにおいて必要不可欠になっていました。クロムメッキなしでは、高出力運転するエンジンが、そのリングの径方向の厚みを30飛行時間で半分まですり減らしてしまうかもしれなかったので)、新しい一体型ロッカーがつけられました。年末には、フットシフトのオプションが発表されます。

 

パンヘッド:1952 年 

写真:1952年 FL  ハイドラグライド(画像元:MECUM AUCTIONS

ハーレーダビッドソンの1000㏄(61cu.in.)Eモデルの生産が終了しました。FLFにフットシフトが採用され、バルブはオイル保持のためパルコ・ラブライズド(黒リン酸塩保護コーティング)されました。この年は、プッシュロッドがその先端にバルブクリアランスアジャスターを装着した最後の年です。1,300cc(80in.)フラットヘッドの生産が終了しました。ハイドロリックバルブクリアランスアジャスターは、プッシュロッドのボトムへ移りました。そこには蒸気口と、10%出力アップさせるカムチェンジがつきました。

Kモデルフラットヘッドが、ハーレーのレースバイクの基準車として、750WRにとってかわりました。

写真:1952年 K model(画像元:Harley-Davidson Museum ) 

 

写真:1952年 K model(画像元:MECUM AUCTIONS  )

パンヘッド:1953年 

写真:1953年 FL(画像元:MECUM AUCTIONS

バルブロトキャップは、継続的低速回転によって排気バルブに過熱箇所ができるのを防ぐため、採用されました。後に、同じ効果がロッカーアームのバルブオペレーションチップの適切なコンタリングによって獲得されることになります。この年から、クランクケースやシリンダー取り付け面のオイル戻し溝は打ち切られ、オイルは直接ケースに排出されるようになりました。新しくアルミニウムタペットガイドとタペットが取り付けられました(リフターに問題がありました)。この年、クリアランスアジャスターがローラータペットに移動されました。プッシュロッドを取り付けたクリアランスアジャスターのせいで、土がリフターを故障させたり、バルブ騒音をたてさせたり、点検修理が必要になったりする問題がありました。アジャスターへの微粒子の進入を防ぐため、滑油スクリーンが供給系路に加えられました。油圧源の近くにリフターを移動させたことによって、一貫性のある操作が可能になりました。

 

パンヘッド:1955 年 

写真:1955年FLH (画像元:MECUM AUCTIONS  )

60馬力のFLHが登場(「H」は「High compression(高圧縮)」を意味します)。ハイカー社のゴム含侵アスベストベースガスケットが採用されます。人々はハーレーダビッドソンをハードに走らせていたので、パンヘッドのトップエンドの下に、新しいボトムエンドが必要になりましたー他は全て場所が変わりませんでしたが、新しいケースだけはメインベアリング(主軸受け)に取り付けられたのです。左のクランクケースは、前モデルの円筒ころの代わりに、拡大されたスプロケットシャフト上にあるティムケン社のテーパローラベアリング(円すいころ軸受)を支えるため強化されました。クランクピンもスプロケットメインシャフトも、(強度があり、切削性に優れており、堅牢な)4626鋼になりました。パンヘッドのインテークYマニホールドは、Oリングポートを採用してアップグレードしました。バルブカバーは一時ボルトが6本になった後、12本タイプに戻りました。

 

パンヘッド:1956年 

写真:1956年FLH (画像元:MECUM AUCTIONS

FLHの「ビクトリー」カムは、4800rpmで、FLのカムより12パーセント馬力を上げました。吸気口は磨き仕上げです。

 

 

パンヘッド:1958年 

シリンダーヘッドの冷却フィンの深さは2.54㎝(1inch)に伸ばされました。FLとFLHの排気バルブガイドは、ブロンズから合金鋼に替わりました。新しい排気バルブ素材が登場しました。FLHのみインナーとアウターのバルブスプリングを加重しました。ピニオンメインシャフトは6.35㎜(0.250inch)直径を増やし、そのベアリングは36.83cm(14 ½-inch)のローラーを支える二つのリテーナーになり、33.5cm(13 3/16-inch)のローラーを持つ一つのリテーナーにとって代わりました。クランクケースサイドカムベアリングはトリントン社製フルコンプリメントニードルになりました。新しいクランクケースブリーザーを採用。リアブレーキは油圧で操作されるようになりました。

写真:1958年、ハーレーはサスペンションを更新して、「デュオグライド」という名をつけた。この名前は、曲がったリアサスペンションユニットにちなんでいる。このユニットで、およそ36㎏(80ポンド)加重することになった。画像提供:ハーレーダビッドソン

 

最初はたった二つのメインベアリングで十分支えることができるような細いクランクだったにも関わらず、エンジンが高速で回転するようになると、硬いと思える部品が曲がり始めました。「ゾウの耳がパタパタ動くように」クランクピン上のフライホイールが振動し、スプロケットとピニオンメインシャフトがぐらつきました。高速回転シングルのメーカーの多くは、両サイドに二つのメインベアリングを配置することによって、このぐらつきをコントロールしようとしました。しかし、全てを一直線に保持する最善の方法について、完全に一致した意見はありませんでした。

この年大きな変化は、リアサスペンションを採用し、「ハイドラグライド」(新しいテレスコピックフォークのハイドロリックダンピングに関連した名)を「デュオグライド」という名に変えたことです。(スポーツスターは1957年の発売当初からリアサスペンションを備えていました)。このために、36㎏(80ポンド)もの加重することになりました。曲がったリアサスペンションユニットは、伝統的な平行四辺形型のバッグかキャリアーにぴったりでした。

写真:伝統儀式であるキックスタートは、1965年に電動スタートにとって代わられ、新しい名前「エレクトラグライド」が生まれた。スターターを伴い、12ボルトの電気システムと大きくなったバッテリーが、右側のケースに入れられた。画像提供:ハーレーダビッドソン

 

パンヘッド:1959


写真:1959年 FLH デュオグライド(画像元:MECUM AUCTIONS )

乾式クラッチの中のプレートの数が、3枚から5枚に増加しました。

 

パンヘッド:1960

写真:1960年FLH(画像元:MECUM AUCTIONS) 

リフト量を増やしたビクトリーカムは、馬力を60まで伸ばしました。クラウンドローラーがピニオン側のメインベアリングに採用されました(なぜなら、全てのクランクシャフトは操作の際必ず曲がり、メインシャフトはそれ自身の中心線の周りを正確に回転するより若干ぐらつくからです。)この若干のぐらつきがベアリングローラーの端に付加をかけるので、若干樽型に整形すること(クラウニング)が、ローラーの寿命を延ばします。ローラーとボールは荷重を受けて若干平たくなります。

 

パンヘッド:1963

写真:1963年 FLH デュオグライド(画像元:MECUM AUCTIONS

外部オイルラインは、タペットブロックの間から両方のヘッドのオーバーヘッドロッカーアセンブリーまでT字に流れます。シリンダーとヘッドに削孔してオイルの通り道を作るのはもっと難しかったので、この方式にとってかわられました。

 

パンヘッド:1964年

写真:1966年 FLH デュオグライド(画像元:MECUM AUCTIONS

バルブにナイモニック80Aが採用されました。これは、ニッケルベースの耐熱合金で、もともとはジェットエンジンのタービン翼のために開発されたものです。

 

パンヘッド:1965年 

 


写真:1965年 FLH エレクトラグライド(画像元: MECUM AUCTIONS

次の大改変で、伝統的慣習だったキックスタートが電気スタートに代わり、このことによって、新しい名「エレクトラグライド」が生まれました。そのスターターとともに、12ボルトの電気システムと右側のケースに入ったより大きなバッテリーが登場しました。スターターはエンジンの背後、ギアボックスの上に配置されました。その小さなドライブピニオン(駆動小歯車)は、クラッチ上のリングギアと噛合っていました。このスターターその他の改変で、全重量が34㎏(75ポンド)増加しました。エンジンの馬力は新しいカム、より高い圧縮比の使用により、65以上になりました。より大きなクランクピンと、より重いドライブチェーンがとりつけられました。この年株式が公開されましたが、必要な資本を集めることができませんでした。度重なる車両重量増加のため、さらに馬力を上げる必要性が増してきました。

まとめ

ハーレーのエンジンは『強い』と言われています。100年以上も前から変わらないVツインエンジンが積み上げてきた技術の賜物と言えるでしょう。パンヘッドの開発に見られるように、数々のトラブルに改善を加えてきています。ナックルヘッドから、パンヘッド、そしてショベル、エボリューションと20世紀を駆け上がってきたハーレーの歴史はこの先未来どのような変化を見せるのでしょうか?これからのハーレーの開発も見逃せません。


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パンヘッドが登場したころ、若い帰還兵たちをバイクが元気付けていた。バイクはいつの時代にもエネルギーを与えてくれる乗り物さ。

– ハーレー仙人 –

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